救済詩『真面目な悪魔と薄情な天使Ⅱ』by KAINEL

真面目な悪魔と薄情な天使Ⅱ

いつものように忙しそうに悪魔が街を歩いていると、
人間になった天使が石畳の道の片隅にうずくまっていた。

「やあ、ひさしぶりだね、随分寂しそうじゃないか」
「ああ君か」
「まるで死にそうな物乞いの老人みたいだよ」
「そうみえるだろうね。でも、少し前はすごく豪華な暮らしをしていたんだよ。
ただ皮肉なことに、人間は気づかないうちに年老いていくことを忘れていたのさ。
僕の美貌と歌声も永遠じゃなかったというわけさ」
天使は苦笑して力なく悪魔を見上げた。

「あんなに人気があった歌手だったのに、
いつからかどの劇場からも声がかからなくなって、
とりまきもいつの間にか消えてしまって。
いつも僕を可愛がってくれた王女様も、飼い犬みたいに僕を捨てたのさ」
天使は忙しそうに行き交う人々を眺めた。

「それからの僕は、歌を忘れた小鳥のように行き場もなくさまようだけで、
軽蔑していた人間にまで軽蔑される始末さ」
「君は人間の残酷さを一番知っていると思っていたけどね」
少し憐れむような顔で悪魔が天使を見つめた。

「でも年老いるまではまだましだったかな。こんな僕でもそばにいてくれる人がいたんだから。その人もすぐに僕がなにもできないとわかると、どこかに行ってしまったけどね。
いまでは、家族も友人も頼れる人もない、住む家もお金もない、何もない貧しい老人というわけさ」
「だから人間になんてなるものじゃないって、あれほど忠告したのに」
「天使だった時が懐かしいよ」
午後の日差しが天使の顔を柔らかく照らした。

「僕はもうすぐ死ぬのかな」
「そうだろうね」
「僕の魂をあげようか」
「いらないよ、サタン様は生まれたばかりの魂が好みなのさ」

「それでも、まあ、君は幸福なほうだよ。
一瞬の間でも、そんな人間たちを魅了して楽しませたのだから。
天使のようだった君を思い出す人間が少しはいるだろうからね」
「そんなものかな、神様に愛されていた時にもう一度戻れたらなあ」

「なんだか君と話したら眠くなってきたな、
たぶんもう目覚めないような気持ちがする」
「それが死というものさ」
つまならなそうに悪魔がつぶやいた。

「君と話せてよかったよ、ところで君は僕のなんなのだろう」
「さあね、でも君がいなくなると寂しくなるな。
本当なら僕たちは永遠に存在できるはずなのに」
「それじゃ、さよなら、真面目な悪魔さん」
「さよなら、薄情な天使さん」
天使は静かに瞳を閉じて、そのまま動かくなった。

「さてと、サタン様に魂を届けに行かないと。
天使の魂なんてそうそう手に入らないから、
とても褒めてくれるだろう」
真面目な悪魔は、天使のような笑みをうかべて
穏やかな晴れた空に舞い上がり
そのまま彼方へ飛び去っていった。